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取材  新谷 之尋

   道産子通信第4回は、前ヤマハOB会会北海道支部長、柳田進さんです。
   日本楽器製造㈱入社以来ホーム用品一筋だった柳田さん。
   筆者の新入社員時代に、昭和50
年代前半に完成したヤマハセンター札幌の3階北海道支店事務所でご一緒させていただきました。
   当時の独身ヤマハ寮での柳田先輩は、武勇伝の枚挙に暇がない猛者であった思い出があります。

     取材当日はご自身が長年役員を務められている札幌陸上競技協会がサポートする〔第42回札幌マラソン〕の開催日。
     スタート/
ゴール地点となる真駒内セキスイハイム・スタジアムへ会いに来ました。
     朝の7時だと云うのに、早くも参加する市民ランナーが続々と集まっていました。
     会場内を捜すこと
20分、協会本部テントの中から「お~い!新谷君!」と聞き慣れた大きな声。
     いらっしゃいました、柳田先輩!朝の6時前から準備の為来られており、一通りの準備は終えられたところでした。

やって来ましたセキスイスタジアム 続々と集まる市民ランナー 品田札陸協会長 (左) と 柳田さん (右)

     早速インタビュー開始、開口一番「青学の応援団でしたよね?!」と筆者。ところが「いやいや陸上よ!」とのお答え。
     これは失礼しました。
     中学ではバスケットボールをやっておられたものの高校から陸上へ変更。
     中距離(800m/1.500m)を専門としインターハイでは800mで名を馳せ、
     青山学院大学に入ってからは、今や常勝校としてすっかり有名になった箱根駅伝にも出場されていたとの事。
     2年次は9区、3年次は平塚の地元を走りたいと7区、4年次は再び9区を走り抜いたそうです。







   運営スタッフと各持ち場の確認をする
   柳田さん(右)
スタート周辺もスタッフ配置OK ? マスコットキャラクター
“ダチョウのカケッコー”
      日本楽器製造㈱へ入社後はバスタブ・ユニットのホテル・マンションへの拡販を中心に活躍、
      58
歳直前で退職され、その頃から自己研鑽を育んでくれた陸上競技界への恩返しの意味を込めて
      現在の「札幌陸上競技協会」に身を置き、以来13
年余り常務理事として陸上競技の維持・発展に尽力されてきました。

      常務理事を退任された今も、今回の「札幌マラソン」始め、道内で開催されるマラソン大会、
      陸上競技会には必ず運営役員として参加されており、当日も会場内整備やコース内点検、
      運営スタッフや学生との打合せに大忙し。
      自転車で会場内を走り回っておられました。
      インタビューもその合間を縫ってさせていただきました。



スタート時刻迫る テレビ取材も直前レポート 10Km一斉スタート

    ようやく準備も完了し、AM9:00に10kmエントリーからスタート。10代から60歳オーバーまで3.377名が一斉にスタート。
    柳田さんもマスコット・キャラクターの「ダチョウのカケッコ―」と一緒に「元気に完走を!」をとお見送り。
    AM9:30には同じく各世代が参加するハーフマラソンがスタート。
    こちらは7.392
名参加、中には招待選手の名門大学生選手や企業選手、提携している青梅マラソンの入賞選手もいます。




続々と続く市民ランナー ランナーが全員付けている
“ランナーチップ”

これで全員の記録を取る事、ご存知でした?
ハーフマラソンのスタート

      この後も中学生3km、小学生3km、車椅子5km、オープン5km等々、午後もスケジュールがイッパイ。
      終了後もコース内案内撤収、公園内片付けと後処理に運営スタッフは休む間のない1日となりそうです。
      それでも柳田さんは持ち前のバイタリティと大きな声で周りを元気にするその明るいキャラクターは健在でした。

 
ハーフマラソン参加者は10kmの倍以上
真駒内公園を駆け抜ける 開催翌日の北海道新聞朝刊記事 





































2017.10.19 作成 長尾